鳥取地方裁判所 昭和52年(ワ)32号 判決 1977年12月01日
原告
広谷宏
ほか一名
被告
永田シヅノ
ほか一名
主文
一 被告らは各自、原告広谷宏に対し金一〇五二万円およびうち金一〇〇二万円に対する昭和五〇年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告広谷すみ枝に対し金一〇三一万円およびうち金九八一万円に対する右同日から支払済みまで右同率の金員をそれぞれ支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その二を被告らの、その余を原告らの各負担とする。
四 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告らは各自、原告広谷宏に対し金二七五〇万円およびうち金二六〇〇万円に対する昭和五〇年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告広谷すみ枝に対し金二七二〇万円およびうち金二五七〇万円に対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言。
二 被告ら
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生(以下「本件事故」という。)
(一) 日時 昭和五〇年一〇月一〇日午前六時ころ
(二) 場所 岐阜市西ノ荘三七〇番地市道上
(三) 事故車 普通乗用自動車(多摩五六ほ八三六)
(四) 右運転者 被告永田英美(以下「被告英美」という。)
(五) 被害者 訴外亡広谷晃一(以下「亡晃一」という。)
(六) 事故の態様 亡晃一の同乗していた事故車が道路左脇の電柱に激突した。
(七) 結果 亡晃一は、右事故により、頭部打撲挫傷、胸腹部打撲、右大腿開放性骨折、右第四肋骨骨折等の傷害を負い、同日午前六時二〇分ころ死亡した。
(八) 身分関係 亡晃一は、原告らの長男であり、原告らは各二分の一の割合で亡晃一の本件事故による損害賠償請求権を相続した。
2 責任原因
(一) 被告永田シヅノ(以下「被告シヅノ」という。)の責任自賠法三条
被告シヅノは事故車の所有者である。
(二) 被告英美の責任 民法七〇九条
被告英美は、わきみ運転により本件事故を発生させたものである。
3 損害
(一) 亡晃一の逸失利益 金五六四〇万円
亡晃一は、本件事故当時二二歳の歯科大学在学中(五回生)の学生で、昭和五二年三月には大学を卒業し、満二四歳から六五歳まで歯科医師として四二年間稼働可能であり、各年間少なくとも医療業に従事する大学卒男子労働者の全企業規模計平均賃金(昭和五〇年度賃金センサス第二巻一九八頁)を得られたから、収入の二分の一を生活費とし、ホフマン方式計算法により年五分の中間利息を控除すれば、同人の逸失利益の現価は五六四〇万円(一万円未満切捨)となる。
(二) 葬儀費用 金三〇万円
原告広谷宏は、亡晃一の葬儀費用として少なくとも金三〇万円を支払つた。
(三) 慰藉料 各金五〇〇万円
亡晃一は、明朗豁達で、素直な、両親姉弟に思いやりのある健康な大学生で、歯科医師になるべく勉学にいそしんでいたもので、同人に対する原告らの期待も他の子らより大きなものがあつたが、その死亡により、中国工業株式会社(従業員約八〇名)の代表取締役として第一線で活躍していた原告宏は、多大の精神的打撃のため仕事の能率も著しく低下し、未だに回復してない状態であり、原告すみ枝も、同様多大の精神的苦痛を受け、白髪も急増した有様であつて、原告らの慰藉料は各々金五〇〇万円を下らない。
(四) 弁護士費用 各金一五〇万円
被告らは任意に損害賠償をしないので、原告らは、原告代理人に本件訴訟の提起追行を委任し、各自一五〇万円の支払を約した。
(五) 損害の填補 各金七五〇万円
原告らは自賠責保険から、各金七五〇万円の支払を受けた。
4 結論
よつて、被告らに対し、原告広谷宏は前記3(一)の金額の二分の一と(二)ないし(四)の合計額から同(五)を差引いた金二七五〇万円およびそのうち弁護士費用を除いた金二六〇〇万円に対する事故発生の日の後である昭和五〇年一一月一日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の、原告広谷すみ枝は前記3(一)の金額の二分の一と(三)(四)の合計額から同(五)を差引いた金二七二〇万円および同じくそのうち金二五七〇万円に対する前同様の遅延損害金の各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2はいずれも認める。同3(一)のうち、亡晃一が事故当時二二歳の歯科大学在学中の学生で昭和五二年三月卒業予定であつたことは認め、その余は争う。同3(二)は不知。同3(三)の慰藉料の額は争い、その算定の基礎として主張する事実は不知。同3(四)は不知。同3(五)は認める。
2(一) 亡晃一は、事故当時、歯科大学に在学していたにすぎず、歯科医師となつていたわけではないから、逸失利益の算出にあたり、一般大学卒業者の収入に比べてきわめて高い医師の収入を基礎とすることは妥当でなく、大学卒男子労働者の全企業規模の平均給与額を基礎とすべきである。
(二) 中間利息の控除についてはライプニツツ方式によるべきである。同方式は、利息を元本に組み入れないホフマン方式と異なり、一年ごとに利息を元本に組み入れ、これを運用していくものとして逸失利益の現価を算出するもので、現代における利殖の実態に合致し、長期間にわたる逸失利益の現価計算につきホフマン方式よりも理論的に合理性があるのみならず、民法四〇四条、四〇五条等の法意に照らし、民法の予定する限度をこえる利息の控除をするものではないうえ、賠償額の適正公平な算定のためにはホフマン方式に比してより優れている。ことに本件の場合、被害者は死亡当時満二二歳の学生で、その就労可能年数は四二年以上の長期に及ぶものであるから、かかる事案に年利率五分の年別複式ホフマン方式を採用すれば、逸失利益の現価が異常に高額化するのみならず、単利年金現価率が二〇をこえる就労可能年数三六年以後においては、賠償元金から生ずる年間の利息が年間の逸失利益を上まわるという不合理な結果が生じる。さらに、本件は親が子を相続する場合であるからその不当性は一層大きい。
三 抗弁
1 亡晃一と被告英美は、岐阜歯科大学の同級生で、日ごろから親友というよりはむしろ兄弟のようなきわめて親密な交際を続けており、学内外において行動をともにすることが多く、亡晃一は、通学の際、毎日のように被告英美の運転する車に同乗し、また、食事・レジヤー等の被告英美と共通の目的のためあるいは娯楽場への送迎等の亡晃一自身の目的のためにたびたび同乗していた。本件事故当日の運行も亡晃一の勧誘によつてなされたものである。すなわち、被告英美は、事故当日には他の学友から誘いを受けていたドライブに行く予定であつたが、事故の前日、亡晃一から友人の訴外佐々木正知を小牧空港まで迎えに行くよう誘われたために予定を変更して亡晃一とともに訴外佐々木を迎えに行くことにし、そのためには事故当日の朝早く出発する必要があつたので、亡晃一の下宿先まで同人を車で迎えに行き、被告英美方で宿泊させ、事故当日午前六時前に同所を出発して訴外佐々木を迎えに行くために走行中本件事故をおこしたものである。
(一) このように、本件事故当時の運行は、亡晃一の勧誘により、同人の目的ないし同人と被告英美の共同の目的のためになされていたもので、その運行の動機、目的、態様、亡晃一の右運行に対する関与、介入の実態等に照らし、同人は、本件事故当時の運行につき、運行供用者としての地位を有していたというべきであるから、同人は自賠法三条の他人に該当しない。
(二) 前記事情のもとでは、亡晃一は、被告英美の運転する車に同乗中発生が予想される危険を常に受忍していたものというべきである。
(三) 前記事情のもとでは、信義公平の原則上、亡晃一を単なる好意同乗の場合と同様に取扱うべきではなく、後記2の過失をも含めて、損害額の少なくとも五〇パーセントが減額されるべきである。
2 亡晃一は、事故当時、同乗者として運転者の安全運転に協力し、不用意に運転者に話しかける等の行為をしてはならない注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、助手席から被告英美に話しかけたため、被告英美が亡晃一の方を向き、そのため前方注視を欠き、その結果本件事故が発生した。したがつて亡晃一には本件事故発生につき過失がある。
3 被告シヅノは原告らに対し見舞金一〇万円を含む合計六〇万円の支払をした。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因1、2の各事実は各当事者間に争いがない。
二1 そこで、抗弁1について検討する。
成立に争いのない乙第一ないし六号証、第八号証の一、第一五号証、被告英美本人尋問の結果から真正に成立したと認められる乙第一四号証、右本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
被告英美と亡晃一とは、岐阜歯科大学の同級生で、事故の約一年前から極めて親しくなり、同被告は、入学以来父親から使用を許されていた車で、運転免許および車を持たない亡晃一のために、同人の登・下校の際や娯楽場への往復の際、毎日のように送迎するようになり、やがて、一週間のうち半分くらいは、同人を同被告の下宿先に宿泊させ、右送迎のほか、食事・洗濯の世話をもするようになつた。同被告は、本件事故の約八日前に、父親から、右車両にかえて、事故車を、母親である被告シヅノ名義で買い与えられ、同被告の許可を得て、使用を始めた。被告英美は、事故の二、三日前、亡晃一から、事故当日に共通の友人である訴外佐々木正知を小牧空港まで迎えに行こうと誘われ、同被告自身も、同訴外人と親しく、これを迎えに行きたいという気持があつたため、他の予定を変更して、亡晃一とともに事故車で空港まで迎えに行くことにした。同被告は、事故前夜、亡晃一と共に食事をし、いつものように同人を同被告方に宿泊させ、事故当日、まず、前記佐々木の到着時刻を他の友人に聞きに行くために、亡晃一を事故車の助手席に同乗させて走行中、本件事故をおこした。
右認定事実によれば、本件事故当時の運行は、亡晃一の勧誘があつたものの、被告英美の友人を空港まで迎えに行く準備として時刻を聞きに行くという同被告自身の目的のためになされていたもので、亡晃一独自の目的のためになされていたものではないから、右運行を支配していたのは同被告および同被告に事故車の使用を包括的に許可した被告シヅノであつて、亡晃一が右支配を取得したものとは認められず、同人が運行供用者としての地位を共有ないし取得したということはできない。したがつて、抗弁1(一)は採用できない。また、亡晃一が被告英美と前記のとおり非常に親しくしており、同被告の運転する車両に無償で同乗し続けていたからといつて、ただちに、同人が、同乗中に発生が予想される全危険について承認していたと認めることはできず、かつ、同乗中に発生した事故によつて生じた損害の賠償額を減額しなければ信義則に違反するとはいえない。したがつて抗弁1(二)(三)も採用できない。
2 抗弁2について
前記1のとおり、亡晃一は、被告英美の親友として、被告英美の運転する事故車の助手席にいわゆる好意同乗者として同乗していたものであるから、信義則上、被告英美が安全運転をするように注意すべき義務があつたものと認められる。しかるに、前掲乙第二および三号証、第一五号証、成立に争いのない甲第一ないし四号証、第六号証、第八号証、乙第一六号証によれば、亡晃一は、被告英美が制限時速五〇キロメートルをこえる時速約七〇キロメートルで進行していることを知りながら、右制限速度超過を制止することなく、かえつて、運転中の被告英美に話しかけ、前方注視を欠く状態にさせて、本件事故を惹起させたことが認められる。そうすると、亡晃一には前記義務に違反した過失があり、その割合は三〇パーセントと認めるのが相当である。
三1 請求原因3(一)のうち亡晃一が事故当時二二歳の歯科大学在学中の学生で昭和五二年三月大学卒業予定であつたことは各当事者間に争いがない。そして、原告広谷すみ枝本人尋問の結果によれば、原告ら夫婦は、亡晃一を、卒業後一、二年間、医療機関に就労して研鑽させたうえ、鳥取市瓦町で開業させるべく土地を購入していたことが認められ、被告英美本人尋問の結果および前掲乙第八号証の一によれば亡晃一の歯科大学での成績は普通以上であつたことが認められるので、亡晃一は、歯科大学を卒業し、国家試験に合格し、研鑽のうえ、開業歯科医師として満六五歳まで四三年間は稼働しえたものと推認しうる。ところで、開業歯科医師の収入は、勤務歯科医師の収入を下まわることはないと考えられるので、亡晃一は、少なくとも、医療業に従事する大学卒男子労働者の全企業規模平均賃金を取得したものと推認しうる。したがつて、同人の逸失利益は、昭和五一年度賃金構造基本統計調査報告書(いわゆる賃金センサス)第二巻第二表三五八頁の医療業に従事する旧大・新大卒男子労働者の全企業規模計のきまつて支給する現金給与額および年間賞与その他の特別給与額の平均の合計である五七五万三九〇〇円(三九万二九〇〇円×一二+一〇三万九一〇〇円)を基礎として、その五〇パーセントを生活費として控除し、年五分の中間利息をライプニツツ方式によつて控除し(六五歳に該当する四三年の複利年金現価係数一七・五四五九から二三歳に該当する一年のそれである〇・九五二三を引いた一六・五九三六を乗ずる。)、同人が歯科大学を卒業し、歯科医師として稼働しうるために必要であつたと考えられる大学の授業料、生活費、教材費等を毎月一〇万円とみて、亡晃一の残在学日数一七か月分一七〇万円を必要経費として差引いた四六〇三万八九五七円となる。
被告らは、亡晃一の逸失利益算出にあたり、大学卒男子労働者の平均賃金を基礎とすべきである旨主張するが、前記のとおり、亡晃一が歯科医師として稼働しうる蓋然性は極めて高かつたのであるから、医療業従事者の平均賃金よりも低い大学卒男子労働者の平均賃金によることは相当でなく、被告らの右主張は採用できない。ところで、中間利息の控除方式につき、原告らはホフマン方式を、被告らはライプニツツ方式を採用すべきである旨主張するので、この点について検討するに、中間利息の控除に関する右両方式は、結局、具体的な事案について、当該被害者の逸失利益の適正な額を算出する方式であるから、いずれの方式に従つて中間利息を控除するかは、具体的事案の内容に応じて、損害の公平な分担という見地から、当該事案にもつとも適した方式を選択すべきであるところ、本件の場合、逸失利益が継続して発生する期間が三六年をこえるため、年ごと複式ホフマン方式を採用した場合には、賠償元金から生ずる年間の利息がその年に受領する元本を上まわるという不合理な事態となり、しかも、逸失利益算出の基礎として初年度の収入に固定せず、昇給を考慮して平均賃金を基礎としているため、賠償金がかなり高額となるので、中間利息の控除方式としては、ライプニツツ方式を採用するのが相当である。
そうすると、亡晃一の逸失利益は、前記四六〇三万八九五七円に前記二2の過失割合に応じて過失相殺をした三二二二万円(一万円未満切捨)となり、原告らは、各々、その二分の一である一六一一万円を相続したものと認められる。
2 原告広谷すみ枝本人尋問の結果によれば、原告広谷宏は葬儀費用として少なくとも三〇万円を支出したことが認められるが、これも本件事故によつて生じた損害であるので、前記二2の過失割合に応じて過失相殺をすると、そのうち二一万円が原告広谷宏の請求しうる損害となる。
3 前記二2のとおり、亡晃一は、被告英美と極めて親しくしており、同被告の運転する車両に、約一年間、無償で同乗し続け、本件事故も無償同乗中に発生したものであるから、右事情は、亡晃一に前記二2の過失があつたこととともに、原告らの父母としての慰藉料を算定するにあたつてもその減額事由として斟酌されるべきであり、本件において亡晃一自身の慰藉料を請求していないことをも考慮すると、原告らの慰藉料は、各々一五〇万円が相当である。
4 原告らが自賠責保険金として各々七五〇万円を受領したことは各当事者間に争いがない。
5 被告永田シヅノ本人尋問の結果から真正に成立したものと認められる乙第一〇および一一号証によれば、被告らは原告らに対し、少なくとも六〇万円を支払い、これが原告らの損害に三〇万円ずつ充当されたものと認められる。
6 弁論の全趣旨から、原告らは、弁護士に本件訴訟追行を委任し、弁護士費用の支払を約したものと認められ、原告らの負担すべき弁護士費用は各々五〇万円が相当である。
四 以上の次第で、原告広谷宏の請求は、前記三の1、2、3の合計から同4、5を差引き同6を加えた一〇五二万円およびそのうち同6の弁護士費用を除いた一〇〇二万円に対する本件事故発生の日の後である昭和五〇年一一月一日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分、原告広谷すみ枝の請求は、前記三1、3から同4、5を差引き同6を加えた一〇三一万円およびそのうち同6の弁護士費用を除いた九八一万円に対する右同様の遅延損害金の支払を求める部分について、いずれも理由があるからこれを認容し、その余の各請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 野田宏 菅納一郎 梶陽子)